新しい研究のステップ
隅谷三喜男東京大学名誉教授
戦後横山源之助『日本の下層社会』を始めとして、明治期の下層社会については、資料もかなり刊行され、研究もそれなりに進んだ。ところが大正期に入ると雇用労働者に下層社会が分化し、別個の社会層となり、残った社会層は「細民」などと呼ばれるようになり、更に行政的視点からは要保護世帯が注目されるようになった。
日本社会の近現代化に伴うこのような変化については、明治期程の研究はないと言ってよいのではなかろうか。その最大の原因は資料の存在にもかかわらず、それらの入手が困難で全体像をとらえ難い点にあると言ってよい。その意味でこの度東京市社会局が調査し刊行した膨大な『調査報告書』が刊行されることは、研究の次のステップを踏み出すものとして、大いに歓迎し、推薦したい。
近代史の底辺を知るために
師岡佑行京都部落史研究所所長
米騒動をきっかけにつくられることとなった各都市の社会課(局)は、下層の市民の生活とむきあっていた。わたしは、その多くを知っているわけではないが、勤務先の京都部落史研究所の主な仕事である『京都の部落史』のうち近代編(第2巻)執筆のさいに、京都市社会課が作成した調査報告を通して、部落の生活のすがたをとらえ、同時に社会課の活動をつぶさに学ぶことができた。東京市社会局の調査は、東京市の底辺の生活がどのようなものであったかを如実にしめすにちがいない。
都市研究のための資料の宝庫
石塚裕道日本大学文理学部教授
20世紀初めとくに日露戦争の直後、全国に拡がった”都市民衆騒擾”の裏側のスラムに、政府(内務省)は「細民調査」を実施しているが、跡を追うように東京市も社会問題に関心を深めていった。その社会局の調査シリーズがまとまったのが米騒動の頃からである。
近年ようやく軌道に乗り始めた都市史研究にとって、汲めども尽きない”泉”ともいえる史料の宝庫がここにある。これまでも、入手可能の範囲で利用は出来たが、体系的な収集(若干の未発見分は、現在ではやむをえない)が早くから切望されていた。他の主要都市についても刊行が準備されているようであるが、本シリーズの刊行を喜ぶとともに、これにより研究がさらに発展することを願っている。
福祉行政の原点に触れる貴重な資料
中嶋 理東京都福祉局長
東京市社会局は、大正7年の米騒動に端を発した物価暴騰から市民生活を守るため、東京における社会事業を行う機関として大正8年に発足した。社会局は、厚生局となるまでの20年間に2~300もの社会問題の調査を行ったといわれている。
この度の企画は、整理されていない、この膨大な調査を種々の資料を駆使して復刻するもので、これにより,当時の社会問題総局ともいうべき社会局の調査活動が体系的に集大成されることとなろう。
現在、東京の福祉行政に関わる者として、東京における福祉の原点に触れることができるのは、望外の喜びである。
本書は、近代都市の社会調査の記録であり、今後の都市経営に貴重な示唆を与えるもので,都市の今後のあり方を考察しようとする多くの方々に広く利用されることを期待し、これを推薦する次第である。
新たな実践への勇気を与える
永井良和関西大学社会学部助教授
テープレコーダーもコンピューターもなかった時代、社会を把握する助けとして使われた道具は鉛筆とノートだった。「調査」をする者は、現地へ足を運び、目で見、話を聞き、記録を残した。集計や分析も、手計算に頼るしかない。
だが、これらの素朴な「技術」の誕生は革新的なできごとだった。ヨーロッパの思弁を書物のかたちで輸入し、翻訳する作業をつうじてこの国の社会をとらえようとするスタンスから一歩を踏み出しているからである。書斎のなかの社会と、現実の社会とのあいだにある距離を、「調査」という実践によって測ることがはじまった。
作業にたずさわった人びとの試行錯誤や感動や挫折は、文章として、あるいは数値として残されている。それは、「当時の社会の実態を表わすデータ」としてよまれるにとどまらない。社会調査を志す者は、復刻される記録の森のなかで、内省のチャンスと新たな実践への勇気を与えられるだろう。
推薦します
石田頼房[東京都立大学都市研究センター所長]
池田敬正[佛教大学社会学部教授]
近藤哲生[名古屋大学情報文化学部長]
斉藤日出治[大阪産業大学経済学部教授]
高木鉦作[國學院大學法学部教授]
竹中英紀[愛知みずほ大学人間科学部講師]
永岡正己[日本福祉大学社会福祉学部助教授]
中田 実[名古屋大学情報文化学部教授]
*推薦者の肩書き等は1995年当時のものです。