戦後日本の貧困・差別・ジェンダーの問題を問う
杉本弘幸
リバイバルされた美輪明宏の「ヨイトマケの唄」は、多くの方が聞いたことがあるのではないだろうか。戦後の経済不況の中で、失業者があふれていた。日本国は1949年に失業対策事業(失対事業)を始める。この事業に従事したのが、彼/彼女ら、いわゆる「ヨイトマケ」、「ニコヨン」と呼ばれた失対労働者たちである。
失対事業は、1995年度まで続けられる。だが、その歴史的分析は、ほとんど進んでいなかった。失対事業・失対労働者研究は、戦後日本の貧困と社会的差別の問題を問う、重要なテーマである。社会政策をいくら行っても、経済的、社会的に排除される人々は多く存在する。経済成長の恩恵を受ける人々は新しく就職でき、若年層や就労能力がある人は収入があがる。一方、就労能力のない人々は、経済成長が進めば進むほど、生活保護や失対事業などに滞留していく。
また、就労市場から排除された社会的マイノリティである被差別部落民、在日外国人や高齢者、女性たちなどが、失業対策事業に滞留していった。現在でも生活保護以下の賃金水準の人々が多く存在している。彼/彼女らは、社会的に排除されても生きていかなければならない。そして、ひとりひとりがいったいどのように生きていったのか。このような問題も歴史的分析から明らかにできるテーマである。
しかし、戦後失業対策事業・失対労働者のこれまでの歴史像は、失業対策・福祉政策として一時期は役だつが、高齢者、女性などの「滞留層」の「自立」のために打切ったというものである。だが、失対事業のクライエントである彼/彼女らの歴史的経験は省みられているとはいいがたい。不況対策、高齢者対策、東日本大震災の復興事業で再び失業対策事業が注目された。日本の高度経済成長は遠くすぎ、社会に巨大な貧困層である「アンダークラス」が、急速に膨張しつつある現在、歴史的分析からの問題提起が必要であろう。
本史料集成は、日本各地の失対事業・失対労働者に関する史資料を、多くの方のご協力のもと発掘、収集し、系統的に整理することを目指している。そのインパクトは、現状研究や失対事業・失対労働者研究のみならず、社会政策・社会福祉史、社会運動史、ジェンダー史、マイノリティ史、日本近現代史研究など、多くの分野に波及するだろう。